2010年12月14日火曜日

リシケシュでヨガ(その4):祈り

インドには呼ばれないと行けないと。。。言う。僕はいつ呼ばれるのだろうと、ヨガ教師になってから折に触れ思っていた。

今回は呼ばれたような気がした。エマ先生、Padmini先生、Flowartsの仲間。他にいつ行くというのだ。

行くと決めてからは、なにかを掴んでこようとか、そういう想いは別になかった。そんなにヨガヨガしなくても、ただぼーぅとしていれば良いとも思っていた。

もちろん、TeacherTrainingだったし、ヨガクラスには通った。でも心に残ったのは、アシュラムのキルタンやそこに集う人達だった。サッチャ・ダム・アシュラムのキルタン、そしてディワリ祭りのスペシャル・プジャ。そこにいたまだ幼いといえる子達から、10代後半の男子学生達。彼らの目は輝いていた。心打たれた僕は想った。インドの信仰、祈りの深さと歴史を。

ヨーガは、日本も含めてインド外に紹介されたのはせいぜい150年前からだろう。ハタヨーガ(初心者向けという通念ではなく、身体を操作するという意味の)がメインであり、宗教という側面は意図的に隠されているように思う。そして西欧に紹介された数少ない文献だけを元にヨーガが広められているのではないか。

ジヴァムクティ・ヨーガでは、バクティ(神への献身)、スクリプチュア(聖典の学習)、ナーダ(音楽・振動)、メディテーション(瞑想)、アヒムサ(非暴力)を信条としている。

その源泉を垣間見たのだと思う。あるいはその大きなおおきな流れの一端を。

この旅でガンガーの流れに指触れたように。いっそ、身を投げるのが潔いのか。

でも、そうしないのが僕らしいのかもしれない。

2010年12月21日にから、「祈り」写真展を中野の菜食家庭料理ゴーヴィンダズさんで行います。わざわざ出向いていただくほどのものではありません。お近くにお越しになり、美味しいベジタリアン料理をいただきたくなったら思い出して下さい。



2010年12月12日日曜日

リシケシュでヨガ(その3)

今回は現地で受けたヨガクラスのことなど。エマ先生がセレクトしてくれていた中から、時間があって受けることが出来た先生達。前回同様、ここに地図を用意しました

■サンディープ先生

いきなり見た目から入るのはどうかと思うが、おなかがぽっこりしたガネーシャのような福々しい先生。
インドで最初にアサナクラスを受けた先生。
サンサルテーション(太陽礼拝)、スタンディング、シッティングという
セオリーはない。
スタンディングをいくつか練習した後、シッティングを行い、またスタンディングして
太陽礼拝、またシッティングとか。
リシケシュの先生が皆そんな感じだった。
シーケンスに決まりはないし、つながりに意味があって、生徒さんを導く意志があればそれで良しなんですね。

特徴はちょっと
フェミニン入ったセクシーな話し方。
シャバーサナの時には。
先生:りらぁぁぁぁくす、ゆぁたぁぁぁむ。
(僕:舌?でも力はいりがちなところだからな??)
りらぁぁぁぁくす、ゆぁふぁぁぁぁすとふぃんがぁぁぁぁぁ。
(???指?)
りらぁぁぁぁくす、ゆぁせかんどふぃんがぁぁぁぁぁ。
りらぁぁぁぁくす、ゆぁさぁぁあどふぃんがぁぁぁぁぁ。
りらぁぁぁぁくす、ゆぁふぉぉぉぉすふぃんがぁぁぁぁぁ。
(???しかも四本で終わり?)

シャバサナ中に疑問符を浮かべて悩んだ結果、
”たぁぁぁむ”は、”サム”Thumb親指だと気づいた。。。
インド英語はTHUが”タ”になっちゃうのね。

■スシル先生
アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガのレッドクラスって言うんですか?マイソールではない。
見た目は強面だけど、優しくて丁寧な先生。アジャストも丁寧だったし、練習しやすかった。


生徒を導こうというエネルギーを感じることができ、僕は始めてジャンプスルーができた。特に指導されたわけではなく、先生が時々となりで一緒にヴィンヤサをしていただけ。それだけで何か掴めたような気がして、試してみたらできていた。

■スリンダー先生
ハタヨガで丁寧な指導をする。


ルックスに似合わずキーの高いチャンティング。
始まりのオームチャンティングで、
「そこ(のキー)か!」

と驚いて、僕は自分のキーを見失ってしまった。

独特のアジャスト
「・・・・・・・・」(無言)で生徒の前に立つ
両手を軽く握って人差し指を前に出して、
生徒の体側に対応するように自分の体の前に構える。
伸ばして欲しい側の手をすっと上げる。もう一方の手は動かさない。
それで先生の意図は完全に伝わる。
そして生徒がセルフアジャストしたら、両手でサムアップ
funny....

最初からそうしていたのか、言葉が通じない各国の生徒が集まることから編み出したのか興味深い。

■ラジェンドラ先生
学者っぽい先生。
アサナの途中でも熱心な哲学や解剖学の説明が入ったりする。
Flowartsインド養成講座のスートラとギータの講師。真摯な教え方で、僕は好きな先生です。

ご本人の画像は別の時に。これは先生の真新しいヨガルーム。

■ムケーシュ先生
ぱっと見て判る好青年。うん、この写真(from Padmini先生)で来年のFlowartsインド養成講座は参加者増えるに違いない。

べぇぇりぃぐっど
べぇぇりぃないす
が口癖?座学でもアサナのクラスでも生徒の努力を
賞賛することを忘れない。

若くても長くヨガの勉強を続けているとこれほどシャンティな人間ができあがるものなのですね。今回のリシケシュ滞在で複数回クラスに出かけた唯一の先生。Padmini先生と3人で哲学のプライベートレッスンを受けた時も、とても熱心に質問に答えてくれた。感謝。

■カマル先生
アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨガ
現地で評判の先生らしい。とてもエネルギッシュ、あるいはドタバタとクラスルームを飛び回って指導する。アジャストは時に乱暴だけど、充分に力強いので、人によっては気に入るかもしれない。

ここはTeacherTrainingをやっていたらしく、クラスの半分以上がその生徒さん達。
なかでも黒人の青年がとても親切に、一見さんの僕に気を遣ってくれたのがありがたかった。

 逆行で真っ暗だけど、ガンガー沿いの気持ちの良いクラスルームでした。


2010年12月11日土曜日

「地球の上に生きる」ヨガとキールタンワークショップ

地球の上に生きる

・・・・色んなヨガでつながる世界・・・・

100人いれば100通りの生き方があって、100通りのヨガのかたちがあって、
その入口も100通り。一人ひとりが個性溢れるユニークな存在。
いまの自分を感じて、いまの自分に寄り添うことを教えてくれるヨガ。
自分を感じる練習を重ねていくヨガ。
地球の上に根っこを張って強く優しく健やかに生きていく、
木や風や土や虫たちと共に地球の上に生きている、国境を越えていまの私たちにできることは?
色んな方向からの《ヨガ》の世界を紡いでみました。
2011年の始まりに、あなたへの贈り物となりますように・・・om shanti shanti shanti


日時:2011年 1/15(土)11:00~16:00 (*途中ランチタイム有)
場所:楽道庵(東京都千代田区神田司町2-16)
料金:3、500円 (お弁当代込)当日お支払い下さい
定員:ヨガクラスとランチは20名 (定員になり次第受付終了、キャンセル待ちとさせていただきます。)
ボランティア報告以降の参加も可(1,000円)。
持ち物:動きやすい服、ヨガマット、マイ箸、マイカップなど


【流れ】
11:00~12:30 ヨガクラス
★★★マット上で《アーサナをとるヨガ》★★★
ジヴァムクティヨガ(あっきー:加納昭生)とクリパルヨガ(まいまい:石垣麻衣子)が心をこめておくります。 

12:30~13:45 ランチタイム
★★★体が喜ぶ《食べるヨガ》★★★
中野ゴーヴィンダズ(菜食家庭料理)のオーナ、ヤムナさんが作って下さるお弁当を頂きましょう。持ち寄り(菜食のたべもの、お茶、等)も歓迎。

13:45~14:30 インドニランジャナスクールボランティア報告・シェア
 ★★★社会に貢献《働きのヨガ・カルマヨガ》★★★
現地の写真を見ながら、ニランジャナ滞在経験者とお話ししましょう。ヨガの世界では大事なお話をする集まりをサットサンガといいます。服や身につけるものの一部でも白いものがあると素敵です。

14:30~16:00 キールタン
 ★★★歌う♪踊る?!《神に捧げるヨガ・バクティヨガ》★★★
マドゥ先生(20年来のバクティヨギ-で、キールタンのプロ)がリードします。皆でヨガの聖なる歌を歌いましょう。

・今回のイベントの収益は、ニランジャナスクールに全額寄付させていただきます。
・ニランジャナスクールへのチャリティグッズ(ミサンガ、シュシュetc)の販売あります。

【お申し込みとお問い合わせ】
・あっきー(akkie.yoga*me.com)、まいまい(maikokomaiko719*yahoo.co.jp件名「ヨガイベント申込み」)へお願いします。
・お弁当の準備がある為、キャンセルは1週間前の1月8日(土)までにお願いします。当日キャンセルの場合は、後日お弁当代(1,000円)のみお支払いいただきますので、よろしくお願いします。

※注意事項 ゴミは全て持ち帰りでお願いします。

2010年12月6日月曜日

リシケシュでヨガ(その2)

翌日はゆっくり起きて、エマ先生と街へ。(ここに地図を用意しましたが、ランドマークまで表示されるでしょうか?地図表示だとスカスカで何も判らないので、航空写真に切り替えて下さい。)ラクシュマンジュラの橋へ降りていく途中の路傍のチャイ屋さんで最初のチャイをいただきました。たぶん、先生が教えてくれなければ危険と判断して飲まないような雰囲気。。。確かに美味しいチャイを飲みながら周りを眺めると、なんだかインドにいるのが良く判らないというか、実感がわかないような。。。冷静すぎるのか、目の前のことを受け入れて馴染むのが早いのか。


ちなみにリシケシュでは、乳製品と蜂蜜のふたつについてヴィーガンを貫き通してはいません。エマ先生やパドミニ先生は気を遣ってくれたけど、まあ、郷にいればという感じで。


ラクシュマンジュラの橋を渡り、対岸へ行くとより賑やかな感じに。牛と犬がやたらと目に付く。あ、ここまでに噂に聞く落とし物が多数。でも乾燥しているとただの草のカタマリだから、フレッシュでほかほかのやつだけ踏まなければ平気ですな。この通りはゲストハウスとか土産物屋さんとか、ネットカフェとか外国人向けのお店多数。でも泊まるには騒がしいね。

リトル・ブッダ・カフェというところで朝ご飯。エマ先生の美しい1枚。

そしてテラスから見えるラクシュマンジュラの橋。ここは本当にお気に入りの場所になって、滞在中に何度かひとりでも来てた。 リシケシュのカフェではどこも注文から30分は料理が出てこない。が、それで怒ってはいけない。そういうもんだから。本を持って行くか、ぼんやりガンジス川を眺めていればいい。特に夕方、日が暮れだしてから夜になるまでが良かった。風が冷たい日も、ハエや蚊がいる日もあるけど、そういうもん。


ここで何故か犬登場。エマ先生があげたものを食べるわけでもなし、この悟ったような目はなに。



そのまま歩いて、こんどは下流のラムジュラ橋へ。途中舗装道路からはずれて、壁の裂け目にしか見えないところからガンジス川沿いの通称ババ・ロードへ。途中に真剣そうでないババもいたし、ここは動物園?(ただし牛と犬のみ)かと思うぐらい沢山の登場人物が。

そうだ、牛は確かに大事にされて、というか危害は加えられない。犬もまあ、いじめられてはいない。しかし、ロバは重いレンガとか運ばされて相当に使役されていたし、そういう意味ではあらゆる動物が大事にされているわけではない。

橋を渡った対岸でサンジープさんのお店Asian Gems&Craftsへ。エマ先生がお世話になっている人で、家族ぐるみのおつきあいだそう。リシケシュで信用できる人のひとり。ここで僕はデザインをエマ先生に手伝ってもらいながらオリジナル・マーラの注文を。。あとから合流する女子部が合流したらゆっくりはできまいという予測もあり。サンジープさんには滞在中いろいろお世話になりました。

  
次はリキシャを拾ってマーケットへ。鮮やかにリキシャを拾うエマ先生をみて、自分はひろえるようになるのだろうかとちょっと不安を抱きつつ。(数日後にふつーに拾えるようになったけど。)


マーケットはリキシャで10分ぐらい下流にあり、上流とは大分雰囲気が違う。アジア圏のごちゃごちゃしたマーケットそのまま。その一角の生地と仕立てのお店でエマ先生は注文の品を受け取り、僕はプジャ用の白いクルタを採寸してもらって注文。ここでもエマ先生は交渉力を発揮して納期を大幅短縮、翌日仕上がりにしてしまう。。。うーん、インド人がぐうの音も出せないし。
マーケットをぷらぷら。ディワリ祭りの飾り付けが派手。多分皆家族とか親しい人へのプレゼントの買いだししてるんだろうねえ。











その後は一端宿に戻って夕方からヨガ・クラスに出かけたわけですが、ちょっと時系列に書き続けるのもどうかと思うので、この後はテーマ毎にしようかと思ってます。

それにしても今回の旅はエマ先生にお世話になりっぱなし。この日連れ回してもらったおかげで、翌日朝以降の放置自由時間も有意義に過ごせたし。それにしてもリシケシュにエマ先生の友達の多いこと。あちらこちらで挨拶の交換。これは後から来たカンカン(Flowarts養成講座同期)の言葉だけど「リシケシュに来るとエマ先生の田舎って言うか、地元に来たみたい。」言い得て妙なり。


こんなリシケシュを満喫できる養成講座はいかがですか?


エマ先生のブログ
パドミニ先生のブログ
そして来年のFlowarts養成講座東京とインドの予定

2010年12月4日土曜日

リシケシュでヨガ(その1)

Air Indiaの飛行機が飛び立ったのは30分遅れだったと思う。まあ普通だし、事前に確認していたように機材はB777で比較的新しい。N.Y.へ行った時のコンチネンタル航空と比べても特に遜色なし。と思っていたら、エアコンの吸気口にほこりが溜まっていたのはご愛敬か。
ほぼ満席だったので、あまりゆっくり寝ることは出来なかったけど、うとうとしたり、映画を観たりしていたらなんとか8時間過ごすことが出来た。


デリーのインディラ・ガンジー国際空港には定刻に到着。ターミナルの端につけられて、降りてから歩く歩く。入国審査でホテル名が判らないと言ったら、係官にかるくキレられた。。。次は手荷物受け取り。これが待てど暮らせど出てこない。出てきたと思ったらやけにちょろちょろと。まさか飛行機から手で運んでいるのではあるまいねえ。スーツケースを確保したのはたっぷり90分後。でも僕が最後じゃなかったから。次に両替で、5千円だけ先ず替えようとして、またまたご大層な態度のインド人の洗礼をば。small moneyでくれと言ったら、”ちっ”という言葉を全身で表してたぞ。


実はこの間、僕を待っているタクシーの運転手が心配して、エマ先生に連絡して、エマ先生がとにかく待つように返事して僕にメールしていたことを知るよしもなく。建物の中と外をうろうろして、やっとドライバーに会い、カートを押して10分ぐらい歩いて駐車場へ。


とにかく新しくて広い空港であることは確かだけど、まだまだ運用が追いついていない印象の空港だった。18時過ぎについたのに、20時をとっくに過ぎていた。


さて、走り出したタクシーはメーカーは判らなかったけど、リッターカーぐらいの比較的新しい車で一安心。デリーの道路は大渋滞。車が横に5列とか6列で走っているのですが。。。気になって路面を見ると、車線は2つとか3つなんですが。。。。車は横方向は10cm、縦方向は20cm程で走る。。。周りは前後左右ぼこぼこの車で一杯。この国で新車を買う意味がわからん。BRICsなんて言葉が使われる前から合弁会社を持つスズキとか、Hマークでホンダかとよく見たらちょっと斜体文字のヒュンダイが多かった気がする。たまにいる、BMWとかの超高級車にはさすがに周りも遠慮がちなのが可笑しかった。その間をバイクが通る、通る。バイクを運転する人はヘルメットをかぶっているが、後ろの奥さんはノーヘル、腕に抱いた!赤ちゃんありとか。3年前に北京に出張した時も彼の地の交通状況はひどいと思ったが、デリーも恐るべし、決して負けていない。


ドライバーがたまに英語で話しかけてくれるが、インドなまりで聞き取りづらい。こちらの英語も人のことは言えまいが。彼によるとどうやら11/5がお祭りで、そのせいで混んでいるらしい。あとで判ったがそのお祭りがディワリだった。と、しばらく面白がって外を見ていたが、飽きたので後席シートに横になって寝てしまった。




次に起きた時はすでに郊外のまっくらな道を疾走中。2車線の道路を、ひきもきらず車が続く。トラックは日本のものよりも特に全高が高く、迫力がある。それがどんどん走ってくる。その間を遅い車とか、路面の穴を避けながら走るから、これまたスリル満点。こりゃ、交通事故で死ぬ可能性も結構ありそうだなと思いつつ、その時はその時と、また飽きて寝てしまう。



ドライバーに起こされたのは、レストラン。ここはどの辺かと聞くと、半分だと。彼が何か食べるかとメニューをくれたが、ヒンディーしか載ってないし。何がお薦めか聞いて、そのまま頼む。念のためベジかと聞いたら、ここは全部ベジだから心配するなと言う。彼にヴィーガンの説明は。。。疲れていてする気力がなかった。出てきた料理は悪くなかったが、もしやいきなりここで腹痛になるのではないかとちと気になりつつ、コップの水には手を出さない分別は残っていた。24時間のレストランだそうで、夜は男達が仕切っていると。

そこからは寝たり起きたり。再びドライバーに起こされた時は、リシケシュ到着10分前。友達に連絡しろと、携帯電話を貸してくれた。数ヶ月ぶりのエマ先生の声を聞いて、ひと安心。まっくらな街、なにしろもう現地時間でも夜中の2時。ホテルに着いたらエマ先生がすでに待っていてくれた!ハグして、すぐに部屋に案内してもらう。通りがかりの部屋がやけに賑やかなのが、頭の隅に引っかかる。

部屋で電気とかシャワーの使い方を教えてもらい、お土産渡したり、翌日の予定を軽く決めてから先生は帰っていった。

意外に広いな。と思って、ベッドの枕を持ち上げる。すると小さい虫が慌てて逃げる。

ふむ。

ゴキじゃないと思うが、似た感じの。。。。さて温水器は動いているかなと浴室兼トイレを覗くとすすっと同じ虫が。

ふむふむ。

まあ、こんなもんだろうと思いながらも、シャワーは翌朝あびることにして、こんなこともあろうかと持参したトラベルシーツ(SEA TO SUMMITのREACTOR)をベッドに広げ、あやしい枕は使わず、おなじくらいあやしいブランケットはシーツ上から脚だけに掛け、寝についた。。。。はずが、となりのインド人(そんな曲があったような)がやかましい。。これがディワリ祭りの一端だったのはおいおい判明し、少々のトラブルにつながるのは後の話。

ちなみにふむ。の数が翌朝以降増えたのは言うまでもない。